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朗読劇「少年口伝隊一九四五」を観に行きました

んもう1週間ほど前の話になりますが…。

広島の素敵ママン友達(めちゃくちゃアンテナ感度と心の感度がすばらしい!)であり、
新規就農者のヨメ仲間でもあるるんちゃんに誘ってもらって、
井上ひさし作 朗読劇「少年口伝隊一九四五」を観劇してきました。
だんなさまとの久々水いらずデートでもありました。

会場は、原爆ドームの向かいにある「広島の宿 相生」。
少年口伝隊のことも「相生」のこともよく知らず、
さらには朗読劇というもの自体はじめて…という状態で出かけましたが、
ほんっとーうに感動したし、おもしろかったし、いろいろと考えさせられることも多かったです。


一九四五・口伝隊という言葉でピンとくる方も多いかと思いますが、
そう、原爆投下後のヒロシマのことを描いた作品です。
劇の中に、原爆が落とされるシーンも出てきます。

広島で生まれ育った私は、幼い頃から原爆のことを扱ったテレビ番組や映画を何度も観てきたので
やはり原爆が落とされるシーンがあるというのは、それだけで心が重い…。
ましてや私は、父方の祖父と母方の祖母が被爆者で、
「よくも私の大事な家族の頭のうえに」と悔しく悲しい思いでいっぱいになるのです。。
だからちょっとやはり原爆投下のシーンにさしかかると胸がつかえる感じがしたのですが、
少年口伝隊の原爆投下の場面はこれまでに観たり聴いたりしてきたものと違っていました。

具体的には書けないのだけど、、、
原爆炸裂のまっしろな光、鼓膜を破るほどの爆音、爆風、熱風…
というのが視覚的・聴覚的に表現されるのではなくて、
演者さんたちのせりふで「立体的」に表現されたのでした。

戦争中とはいえ、あたりまえの生活を暮らしていた人たちが、
一発の爆弾の一瞬の炸裂で地獄に突き落とされた…暮らしを、いのちを、大切な人を奪われた。
過去の特別な出来事ではなくて、今を生きる私の生活感覚とつながるような表現に感じられました。
それは、私が母となり、守るべき存在のある立場になったからでしょうか。


その後、少年口伝隊となる少年3人が登場し、
その3人とともに原爆投下後のヒロシマを生きる中国新聞社の花江さん、
広島文理科大学の哲学のじいたんが登場して物語が進んでいくのですが…。
物語のすべての場面が、今のフクシマ、いえ、日本と重なってしかたありませんでした。

原爆で生き残った少年3人は、焼け野原となったヒロシマで、生きるために口伝隊になった。
生きるために、知らず知らずのうちにヒバクしながら。

そうして、生き残った人々が暮らすヒロシマを枕崎台風が襲い…。

決して暗いだけではない演劇で、
ユーモアやおちゃめたっぷり、花江さんもめっちゃんこかわいくてずっと観ていたい劇でしたが、、
少年3人の行く末は、フクシマやこれからの日本の子どもがたどるかもしれない道に重なるようで、
最後は涙が出てたまりませんでした。


ネタばれしちゃいますが、劇中、少年の一人に紫斑が現れます。
風邪のような症状が出たあと、髪の毛が大量に抜けて、起きられなくなり、紫斑が出たら死ぬ。
福島ですでに紫斑の出た子どもがいると聞いたあとだっただけに、、
今の日本に起きていることは現実なんだと…3月11日以前には本当に戻ることはないんだと…
ヒバクが日常になってしまった…1945年8月のヒロシマ・ナガサキは決して過去のものではないんだと…
今更ながらわかってしまいました。

それが、やっぱり、悔しいし悲しい。


今できるのは、原発事故の犠牲になるいのちを最小限にするように、
知っていることをできるだけ人に伝え、自分たちでいのちを守る行動をとることと
国や行政にそれをリードしてもらうように働きかけること。
「いのちが大事」ということを、自分のこととしてとらえること。

そして、これ以上この日本で過ちが繰り返されないように、
すべての原発を安全に停止して、順次確実に廃炉にしていくこと。

それだけは、絶対に、
私たちや私たちにつながる過去・現在・未来のいのちのために必要だと確信しています。


朗読劇「少年口伝隊一九四五」は、どこでも公演してもらえるそうです。
地域の子ども会や学校、何かの集まりでも何でも、
とにかく、たくさんの人が今この演劇を観ることが必要だと思いました。

少年口伝隊一九四五、ぜひ心に留めおいていただいて、
観劇のチャンスがあるときにはぜひぜひぜひともお出かけください!

(By ちほ)

by pocoapoco-h | 2011-08-03 01:02 | その他